原子力村での30年、退職そして行政書士開業

花の中間管理職、法律学習に目覚める
入社から13年ほど原電本店(千代田区大手町)に勤務し、労務、人事、企画と事務管理部門を経験しました。企画部勤務時代は、米国研修の機会を与えられ各州の原子力発電所を単身訪問したのも楽しい思い出です。

35歳で管理職昇格と同時に茨城県東海村にある東海発電所/東海第二発電所勤務となり、本店との職場環境の違いに大いに驚きましたが、仕事のかたわら衛生管理者、危険物取扱者の資格を取得。業務上の必要に迫られた結果ですが、学生時代に気付かなかった法律学習の面白さに目覚めました。

原子力村の特異性、東海村で迎えた3.11
約2年東海村に勤務した後、本店に戻り、法務部門を経験。この時宅地建物取引主任者の試験にトライし、3回目の受験でようやく合格しました。その後、文科省の関係法人である放射線影響協会、原電の関係会社である原電情報システムに出向しながら、行政書士試験に2回目の受験で合格しました。原電情報システム出向時代の仕事は、採用活動が中心でしたが、技術系社員の採用は原子力関係の学部を持つ大学の研究室の教授からの紹介がすべてでした。そこの学生たちは、成績の良い順に、官庁、重電会社、電力会社に送り込まれていました。

福島第一発電所の大事故以降「原子力村」という言葉がより一層世間に浸透したようですが、学生時代に原子力を学び始めると、その後人生の振出しからずーっと顔見知り同士が同じ業界に関わるシステムがあるのですから、原子力業界においては、学校、官庁、重電会社、電力会社が人間関係的に一体となっていて、規制側と推進側の間に緊張感がなかったことの一端が理解できるのではないでしょうか。

東日本大震災の発生当時は、原電に戻っており、茨城県東海村にある総合研修センターに勤務していました。震度6強の揺れは今でも思い出せるほど強烈でした。地震発生直後から3日間は停電しており、福島第一発電所の状況を詳しく知ったのは翌週になってからでしたが、日本の原子力発電所では起こり得ないとされていた水素爆発の現実を目の当たりにして、友人・知人に原子力の安全神話を説いていた一人として敗北感を感じるとともに、両親の実家がある福島県に放射性物質がまき散らされたこと、一瞬にして生活の基盤を失い各地を転々とする知人がいることに深い悲しみを感じました。

行政書士開業
行政書士開業3.11以降も原電勤務を続けていましたが、原子力に約30年関わってきた者として、今回の大事故に対する自分なりのけじめのつけ方として退職を決意。2012(平成24)年9月末に51歳で原電を退職しました。

その年の10月には東海村から東京の自宅に戻り、そこを事務所にして行政書士を開業し現在に至っています。

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